神代からの伝説が息づく武神の宮
参道入口の大鳥居。一の鳥居はこれとは別に四方に存在する。
武甕槌大神の和魂が祀られる本殿の拝殿。
奥宮へと続く奥参道。鬱蒼と巨木が並ぶ神秘的な空間。
徳川家康寄進の奥宮。武甕槌大神の荒魂が祀られている。
武甕槌大神が大ナマズを抑えている様子を表した石像。

鹿島神宮|家康ゆかりの奥宮で必勝を祈願

鹿嶋市に鎮座する言わずと知れた、常陸國一宮。全国にある鹿島神社の総本社であり、千葉県香取市の香取神宮、茨城県神栖市の息栖神社とともに東国三社の一社でもあります。宮中の四方拝で遥拝される一社にもなっており、天皇家にとっても重要な神社のひとつであることがわかります。創建は神武天皇の東征にまで遡り、武道の神様としても知られ、源頼朝や徳川家康を筆頭とする武家の棟梁からも武神として崇拝を集めてきました。

このような方にオススメします!

初代・神武天皇の東征の際に建立されたと伝わる鹿島神宮。主祭神である武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)は武道の神様ですので、勝利祈願・必勝祈願が一番の御利益です!

武道・スポーツ全体の勝利祈願はもちろん、仕事や試験などの人生をかけた勝負に挑む際には、絶対に訪れておきたい神社です!

開運データ

主祭神武甕槌大神和魂・荒魂
御利益勝利祈願
創建伝・神武天皇元年(紀元前660年)
社格等式内社(名神大
常陸国一宮
旧官幣大社
勅祭社
別表神社
札所等東国三社
主な神事御船祭(12年に1度)
白馬祭(1月7日)
祭頭祭 (3月9日)
文化財【国宝】
・直刀・黒漆平文大刀拵(附 刀唐櫃)(通称二代目韴霊剣)
【国指定重要文化財】
・本殿、石の間、拝殿、幣殿 4棟(附 棟札2枚)(建造物)
・摂社奥宮本殿(附 棟札1枚)(建造物)
・楼門(建造物)
・仮殿(建造物)
・梅竹蒔絵鞍(附 四手蒔絵居木一双)(工芸品)
※その他、茨城県・鹿嶋市指定文化財多数

家康が奉納した「奥宮」で武甕槌大神の「荒魂」を参拝しよう

鹿島神宮の御祭神である武甕槌大神は、神代の昔、天照大御神の命を受け、香取神宮の経津主大神(ふつぬしのおおかみ)とともに出雲の国に天降り、大国主命(おおくにぬしのみこと)と話し合って国譲りの交渉を成就させ、日本建国の礎を築いた神様です。

鹿島神宮の建立は神武天皇元年の創建とされ、日本の皇紀と同じく2600年以上の歴史をもっていると伝わっています。ちなみに、初めて神社の格式が定められた平安時代の延喜式では、伊勢神宮のほかに「神宮」と呼ばれたのは鹿島神宮と香取神宮だけ、と聞けば、いかにその格式が高かったかが分かります。

神武天皇が御東征の半ばで窮地に見舞われたとき、武甕槌大神が持っていたとされる「韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」の神威によって窮地を脱し救われたそうです。その神恩に感謝された神武天皇は、ご即位の年である皇紀元年に武甕槌大神を鹿島の地に勅祭されたと伝えられています。その後、古くは東国遠征の拠点として重要な祭祀が行われ、やがて奈良、平安の頃には国の守護神として厚く信仰されるようになったそうです。

こういった経緯もあり、中世・近世になり武家が台頭してくると、その棟梁である源頼朝や徳川家康といった武将からも尊崇を集め、武神として仰がれるようになったそうです。

家康の寄進した奥宮が現存

さて、その徳川家康。関ヶ原の戦いに際して鹿島神宮に戦勝祈願を行い、戦いに臨んだそうです。そして無事に関ヶ原の戦いで西軍に勝利した事を感謝して、1605年に社殿を奉納しました。その後、家康の息子であり江戸幕府第二代将軍の徳川秀忠が新たに社殿を奉納(現在の本殿)したため、家康の奉納した社殿は「奥宮」として現在の位置に遷されました。鹿島神宮内の社殿としては最も古いものとして、この家康寄進の奥宮が現存しているのです。

奥参道を通り奥宮へ

大鳥居から境内に入ると、やがて右手に拝殿と現在の本殿が現れます。そこからさらに奥に進んでい行くと、奥参道といわれる道が出てきます。この道は奥宮(おくみや)まで約300mほど伸びており、鬱蒼とした巨木に覆われ、荘厳な雰囲気を醸し出しています。奥参道を進むと、途中左手には「さざれ石」や「鹿園」、「親鸞聖人旧跡」などの見所がありつつ、さらに進んで行くと右手に「熱田社」、そのさらに奥に進むと「奥宮」が見えてきます。

武甕槌大神「荒魂」が御祭神の奥宮

神様には二面性があると言われます。優しく穏やかな側面が「和魂(にきたま)」であり、鹿島神宮では武甕槌大神の和魂は現在の本殿に鎮まっています。そして、もう一方の側面である神様の荒々しい面が「荒魂(あらたま)」であり、鹿島神宮では武甕槌大神の荒魂は奥宮に鎮まっているのです。

和魂と荒魂をはっきりと本殿・奥宮で棲み分けおり、御朱印ににも和魂・荒魂とそれぞれ記載するというのは、全国的にも非常に珍しいとされています。

徳川第二代将軍・徳川秀忠の命で1619年に本殿建て替えが行われ、そこに和魂が祀られ、天下統一を果たした初代将軍・徳川家康の寄進したものが奥に遷され、そこに荒魂が祀られた。これは、天下泰平が成った証として、敢えて息子・秀忠によるものを表に出すことで平和な世の訪れを表したのかもしれませんね。一方で、戦国の世を勝ち残り、戦いを制した徳川家康の寄進した宮は、荒ぶる戦いの神を鎮め祀る宮として奥に…。なかなか興味深いですね。

心を奮い立たせ、必勝を願うなら、奥宮へ!

というようなわけで、勝利の祈願の神様である武甕槌大神が御祭神である鹿島神宮ですが、「勝利によって得られた現在の平和な地位」の安定を望むのであれば本殿の和魂に、これから一世一代をかけた戦いに臨み必勝を願うのであれば奥宮の荒魂に、と分けて考えるのも良いでしょう。いずれにしても本殿には参拝されると思いますが、特に後者の必勝を願う方は、奥宮への参拝もお忘れなきよう!

レイラインの始まりの地

レイライン」という言葉、聞いたことがあるでしょうか?古代の遺跡には直線的に並ぶように建造されたものがあるという仮説で、その遺跡群が描く直線を指します。世界的に提唱されているものですが、日本にもこのレイラインがあると言われています。中でも日本最長級のレイラインが、天孫降臨の地である高千穂神社、伊勢神宮、富士山、明治神宮、皇居、そして鹿島神宮を結ぶラインと言われています。光の道と呼ばれることもあり、東から日が昇る=光の入口ということから鹿島神宮が「すべての始まりの地」と考えられています。こうしたことから、鹿島神宮は新たな出発=再出発=人生のターニングポイントとなるパワースポットとしても注目を集めているわけです。

鹿島神宮 七不思議

紀元前からの歴史を持つ古社だけあり、境内には一度には語りつくせぬほどの様々な見どころがあります。その中でも、「鹿島神宮七不思議」として伝わる伝承がありますのでご紹介いたします!

鹿島神宮七不思議のひとつ「要石」を祀る社

七不思議その1「要石(かなめいし)」

地震を起こす大鯰の頭を押さえつけていると言われる石。この石があるため、鹿島地方では大きな地震は起きないと伝わる。かつて徳川光圀がこの石の根を確かめようと七日七晩掘らせたが、結局根に辿り着くことができず、事故が頻発したので取りやめたという…。

七不思議その2「御手洗池(みたらしいけ)」

参拝前に身を清めたとされる湧水の池。大人でも子供でも池に入ると、水面が胸の高さまでしかこないと言われる…。

七不思議その3「末無川」

神宮境外にある川。川の流れが途中で地下に潜って切れてしまい、その末がわからないという…。

七不思議その4「御藤の花」

藤原鎌足が植えたとされる藤の木。その木が付ける花の数で、作物の豊凶が占われたという…。(現存せず)

七不思議その5「根上がり松」

神宮境内にある松の木は全て、伐っても切り株から芽が生えて、何度伐っても枯れることがないという…。

七不思議その6「松の箸」

神宮境内の松で作られた箸は松ヤニが出ないという…。(現在は箸は非製造)

七不思議その7「海の音」

鹿島灘の波の音が、北から聞こえると晴れ、南から聞こえると雨となるという…。

祭礼・イベント

式年祭

式年大祭として、御船祭(みふねさい)が12年に1度の午年に行われます。御船祭は応神天皇の時代に祭典化されたと伝えられ、鹿島神宮における最大の祭典とされています。祭は戦国時代に中絶したが、明治3年(1870年)に再興されました。

祭事の流れは次の通り。

  • 9月1日午前、天皇から遣わされる勅使の参向を仰いで例大祭を執行。
  • 2日早朝、鹿島神宮を進発した神輿は陸路を北浦湖岸の大船津に到着。大船津で神輿が龍頭の飾り等を施した御座船(ござぶね)に載せられ、多くの供奉船を従えて水上渡御し、香取市加藤洲に至る。そこで香取神宮の御迎祭を受けた後、再び同じ水路を還幸して行宮に戻る。
  • 3日午後、行宮から本殿へと還幸。

白馬祭(おうめさい)

1月7日に行われる中祭。
かつて神宮では、元旦から6日までは祭神は眠っているとして祭事を控え、祭神の目覚める1月7日に物忌によって不開御殿(本殿)を開ける「御戸開き神事」が行われました。その際邪気祓いのため白馬が静かに曳き廻されたが、次第に御戸開きの鍵の音が聞こえないよう荒々しく廻すようになったそうです。現在では御戸開き神事は行われないが、代わりに「白馬祭」として、東神門から楼門まで白馬で駆け抜ける神事が行われています。

祭頭祭(さいとうさい)

3月9日、大祭。
天武天皇の頃に始まると伝えられ、防人が鹿島立をする際の姿を再現したものであるといいます。祭は神宮の南北66郷(現在は北郷24、南郷26)から卜定で選ばれた2郷が神宮に奉仕を行います。5歳位の新発意(しぼち)を先頭に立てた色鮮やかな集団により、神前まで祭頭ばやしが行われます。祭は国の選択無形民俗文化財に選択されています。

基本データ

名称鹿島神宮
別称
所在地茨城県鹿嶋市宮中 2306-1
電話0299-82-1209
URL鹿島神宮公式HP
駐車場無料駐車場あり
アクセス東関東自動車道潮来ICから車で15分
※カーナビで「鹿島神宮」と検索すると裏手の関係者道路に迷い込んでしまいます。カーナビで行く際は、MAPCODE「340 150 718*34」の入力を推奨します。

アクセスマップ

この記事の掲載内容について

この記事は独自基準に基づいて取材・執筆・掲載をさせていただいております。こちらの開運スポットの関係者の方で、この記事の内容にご意見のある場合は、速やかに対応させていただきますので、下記フォームよりご連絡くださいませ。

この記事を書いたのは

茨城開運管理人
茨城開運管理人茨城開運ポータル管理人
茨城開運ポータルの管理人。開運というキーワードで茨城をもっと楽しく!という気持ちで、このサイトを作っています。鑑定歴20年の運活カウンセラーでもあります。

関連記事

  1. 大洗磯前神社|難民救済のために降臨された神の社

  2. 筑波山神社|有史前より崇められる名峰を拝す神社

  3. 女化神社|謎多き伝説が眠るお稲荷様

PAGE TOP