武甕槌神(たけみかづちのかみ)は、記紀神話に出てくる剣神。
建御雷神とも書き、古事記では、建布都神(たけふつのかみ),豊布都神(とよふつのかみ)とも記される。
また、鹿島神宮の主祭神として祀られていることから、「鹿島神」「鹿島大明神」などとも呼ばれる。
経津主神(ふつぬしのかみ)とともに国譲りの使者となり、大国主命(おおくにぬしのみこと)に国譲りを承諾させ、日本の建国に大いに貢献した。
また神武天皇が熊野上陸の直後に失神した際に、命ぜられて平国の剣の韴霊(ふつのみたま)を降し、建国の事業を助けた。その剣神である証は、自らのかわりに剣を降したり、国譲り交渉で剣先扶坐の姿をとったりするところに明らかである。しかしその本源は甕(みか)ツ霊(ち)であり、それは伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の火神殺害の神話で、甕(みか)ハヤ霊(ひ)とともに、あるいはその子として初現することから推定できる。この神の剣神化により、物部氏の剣神・経津主神はその地位を失っていくが、経津主神は『古事記』にはまったく現れない。
なお、この神はのちに鹿島神宮の主神となり、藤原氏の氏神として奈良の春日神社にも祀られた。